いつからだろう。
先生の笑顔に違和感を感じるようになったのは。
ひょっとして。
でも、そんなはずは無い。

結局は。

先生からも、あの人からも、否定の言葉は貰えなかった。






「完全なる世界」






「先生、別れないの」
アンダーウェアの裾から見える、青い痣や、包帯の結び目を見るたびに私は訊ねる。
太陽のような人だと思っていたけれど、いつからか先生は翳りのある笑みを私から隠す事をしなくなった。
それは、私が以前に比べると少しは分別が付くようになったからだろうか。
「別れないよ」
なら、痛みも苦しみも全て自分の中に押し込めて欠片でも私の目に触れないようにして。
溢れそうになった自分の言葉を私は歯の裏で塞き止めた。
言っても仕方が無いことだ。
先生の痛みを無理矢理に分け与えられて、私の子供の時は強制的に終わった。
どうして私は気付いてしまったんだろう。
でもナルトの前でだけは、先生は変わらずにお日様のように微笑む。
私だって、ナルトのように何も知らずにいたかった。
「別れたら」
「・・・何故?」
不思議そうに先生は首を傾げる。
そうだ、別れる意味なんて。
別れた所で何が変わるのか。
あの人が先生から離れていく事なんか無いだろう。
だけど。
だけどこのままだと先生は駄目になる。
得体の知れない不安が込み上げてきて、私は怖くて堪らない。
「どうして、カカシ先生はこんな・・・・」
歪んでいる。病んでいる。狂っている。
どうして、表面上だけじゃなく、心から笑って二人は寄り添う事が出来ないのだろうか。
腫れ上がった先生の手首を冷やしたタオルで包む。
少しずつ、手首の持つ熱が冷やしたタオルに吸い込まれていく。
「右手は、外してくれるんだよ。さすがに仕事に支障が出るだろう?」
はにかんで嬉しそうに話す先生を前に、私は言葉を失う。
それがあの人の優しさだとでも言うのだろうか。
ぞっとした。
「サクラ、サクラ」
暖かな手が私の頬を包んだ。
何も知らなかった頃も、そして今でも、この手だけは変わらずに好きだ。
「泣くな、サクラ。大丈夫だから・・・」
何とか動く右手を不自然に曲げて、先生は私の涙を拭う。
何が大丈夫なのか。
私はもちろん、先生にだってわかりはしないのだ。
「先生、疲れてるでしょう。寝てもいいよ・・・・」
落ち窪んだ瞼を手で覆って閉じさせると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
どうか、少しの間だけでも安らいでくれればいい。
でもそれは叶わないのだとピシリと張りつめた部屋の空気で気付かされる。
「カカシ、先生・・・」
「サクラ。手当てしてくれたんだ、ありがとね」
この人は瞬く間に現れて、そして私の前から先生を攫っていってしまう。
いつもの事だ。
「お願い、お願い・・・。イルカ先生に、優しくしてあげて・・・」
「うん、わかってる」
この人の返事に絶望するのもいつもの事だ。
二人の間に割り込む余地など最初から無い。
「イルカ先生。帰ろう」
「ええ」
その人の気配だけで、落ちたばかりの眠りから先生は目を覚ましていた。
医務室の粗末な簡易ベッドから先生は恋人の腕の中に抱き上げられる。
「お願い、もう、解放してあげて」
「・・・ごめんね」
その人の言葉は私に向けられたものではなかった。
その言葉を受けるように、先生はその人の胸元にピタリと頬を寄せた。
先生の顔は酷く穏やかだった。
「サクラ」
恋人の腕の中で、先生が言った。


「俺は、この人じゃなきゃ駄目なんだ」


私の口を封じたのは先生だった。
ああ、私に出来ることなど、最初から何も無い。
私には何の力も無い。
これが二人の幸せなのだというの?
また涙で視界が滲んだ。
きつく目を閉じて涙を払う。
目を開けた時には二人は消えていた。
最後に、先生はどんな顔をして笑っていた?
誰にでも暖かく手を広げて迎え入れてくれた先生は、消えてしまった。
あの人と出会ってしまったからだ。
先生の全てが、あの人だけのものになってしまった。




多分、これが最後。
もう二人は戻っては来ない。





novel   be my last